明渡しとは
10年前ほど前の標準的な建物賃貸借契約書では、明渡しについて「借主は本物件を原状回復の上、明渡さなければならない」と規定しています。この当時は建物の引渡しと、契約上の明渡しを別なものと考えていて、引越しをして鍵を引渡すだけでは明渡しとされていませんでした。
この類の問題で良く例に出されるのが、「退去の時、同時に敷金を返還してほしい」というものです。これは建物の引渡しと、契約上の明渡しを混同しているために起こる問題です。
実際の退去の流れ
実際の建物賃貸借契約の多くはこのような流れになっていますので、「借主は本物件を原状回復の上、明渡さなければならない」ということが難しいのです。
一般的な契約では「契約期間内に原状回復を行い明渡すこと」となっていましたので、余計にいつ明渡しが完了しているのかがわかりにくいと思います。
現在の標準的な建物賃貸借契約書では「本物件の明渡し時において(略)原状回復の内容及び方法について協議するものとする。」と書かれており、上記❷が明渡しとなっているようです。
そうすると見積もりが出るまでは、借主の債務が確定しませんので、敷金返還は家屋の明渡しと同時履行の関係に立たないということになります。
最判昭和49年9月2日
賃貸借の家屋明渡債務と敷金返還債務の同時履行関係について判断した最高裁判例です。
期間満了による家屋の賃貸借終了に伴う賃借人の家屋明渡債務と賃貸人の敷金返還債務が同時履行の関係にあるか否かについてみるに、賃貸借における敷金は、賃貸借終了後家屋明渡義務の履行までに生ずる賃料相当額の損害金債権その他賃貸借契約により賃貸人が賃借人対して取得することのある一切の債権を担保するものであり、賃貸人は、賃貸借の終了後家屋の明渡がされた時においてそれまでに生じた右被担保債権を控除してなお残額がある場合に、その残額につき返還債務を負担するものと解すべきものである(最高裁昭和48年2月2日判決)。
そして、敷金契約は、このようにして賃貸人が賃借人に対して取得することのある債権を担保するために締結されるものであって、賃貸借契約に付随するものではあるが、賃貸借契約そのものではないから賃貸借の終了に伴う賃借人の家屋明渡債務と賃貸人の敷金返還債務とは、一個の双務契約によって生じた対価的債務の関係にあるものとすることはできず、また、両債務の間には著しい価値の差が存しうることからしても、両債務を相対立させてその間に同時履行の関係を認めることは、必ずしも公平の原則に合致するものとはいいがたいのである。
一般に家屋の賃貸借関係において、賃借人の保護が要請されるのは本来その利用関係についてであるが、当面の問題は賃貸借終了後の敷金関係に関することであるから、賃借人保護の要請を強調することは相当でなく、また、両債務間に同時履行の関係を肯定することは、右のように家屋の明渡までに賃貸人が取得することのある一切の債権を担保することを目的とする敷金の性質にも適合するとはいえないのである。
このような観点からすると、賃貸人は、特別の約定のないかぎり、賃借人から家屋明渡を受けた後に前記の敷金残額を返還すれば足りるものと解すべく、したがって、家屋明渡債務と敷金返還債務とは同時履行の関係にたつものではないと解するのが相当であり、このことは、賃貸借の終了原因が解除(解約)による場合であっても異なるところはないと解すべきである。
そして、このように賃借人の家屋明渡債務が賃貸人の敷金返還債務に対し先履行の関係にたつと解すべき場合にあっては、賃借人は賃貸人に対し敷金返還請求権をもって家屋につき留置権を取得する余地はないというべきである。
原状回復は貸主と借主のどちらが主導して行うのか。
特約で貸主指定の業者によって原状回復を行うとする契約も多いのですが、そうでなければ、契約上は借主に原状回復義務が課せられていますから借主が自ら行うことも考えられると思います。
原状回復の内容については、立会いの時は話し合いがうまくいっても、実際の見積もりを見ると数万円の費用が出てきますので、トラブルが起こりやすい場面です。中には安く済ませたいから自分で清掃をするという借主が出てきます。
借主が清掃業者並みにきれいに出来ればよいのですが、なかなかそうはいきません。カビや水垢が取れていなくてやり直しになるということもありますし、自分で行うということはその期間部屋を占有していますので家賃が発生します。
管理会社に一任した方が無難だと思いますが、そこで信用を得られない管理会社は残念ですね。
最近では家賃保証会社を使っているケースが多いですが、家賃保証では原状回復費も補償内容となっているケースが増えてきていますので、原状回復費を払わないと事故扱いされてしまいます。また保証会社では管理会社が提出する原状回復の見積もり内容が適正かどうか判断していますので、ぼったくり行為はやりにくいでしょう。