相続の3つの選択肢
相続人は通常、被相続人の財産を自動的に相続しますが、時には被相続人が多額の債務を抱えていたり、そうでなくても相続人が相続を望まない場合もあります。
また、財産の状況が不確定な場合やプラスの財産が多い場合だけ相続を望むなど、様々な理由から選択の余地が生じます。
これを考慮して民法では相続の放棄・承認という規定があり、相続人には一定の期間が与えられ、その中で単純承認、限定承認、相続放棄の3つから選択できます。
単純承認
相続人は、単純承認をしたときは、無限に被相続人の権利義務を承継する
単純承認すると「無限」に被相続人の権利義務を承継します。相続財産についてプラスの財産以上に債務があっても、自分の財産を以て履行しなければなりません。
次に掲げる場合には、相続人は、単純承認をしたものとみなす。
一 相続人が相続財産の全部又は一部を処分したとき。ただし、保存行為及び第六百二条に定める期間を超えない賃貸をすることは、この限りでない。
二 相続人が第九百十五条第一項の期間内に限定承認又は相続の放棄をしなかったとき。
三 相続人が、限定承認又は相続の放棄をした後であっても、相続財産の全部若しくは一部を隠匿し、私にこれを消費し、又は悪意でこれを相続財産の目録中に記載しなかったとき。ただし、その相続人が相続の放棄をしたことによって相続人となった者が相続の承認をした後は、この限りでない。
法定単純承認
相続人が相続を承認するとの意思表示をしていなくても、次の場合は、相続人が単純承認をしたものとみなされます。
- 相続人が相続財産の一部を処分した場合。
- 相続人が熟慮期間内に限定承認も相続放棄もしなかった場合。
- 相続人が限定承認や相続放棄の意思表示をした後に相続財産を隠匿したものを消費したり財産目録に悪意で記載しなかった場合。
限定承認
相続人は、相続によって得た財産の限度においてのみ被相続人の債務及び遺贈を弁済すべきことを留保して、相続の承認をすることができる。
相続人が数人あるときは、限定承認は、共同相続人の全員が共同してのみこれをすることができる。
相続人は、限定承認をしようとするときは、第九百十五条第一項の期間内に、相続財産の目録を作成して家庭裁判所に提出し、限定承認をする旨を申述しなければならない。
限定承認は相続によって得た財産の限度においてのみ被相続人の債務及び遺贈を履行して相続の承認をするという意思表示です。
清算後の残余があれば承継したいと考える相続人にとって便利な制度です。普通に考えれば限定承認が最も良い方法だと思うかもしれませんが、実際はあまり利用されていないようです。
というのも限定承認は相続人全員が共同で手続きしなければならず、熟慮期間内に財産調査を終えて、財産目録を家庭裁判所に提出しなければならないというハードルがあるからです。
便利そうに見えますが、場合によっては非常に面倒くさいのです。
相続放棄
相続の放棄をしようとする者は、その旨を家庭裁判所に申述しなければならない。
相続の放棄をした者は、その相続に関しては、初めから相続人とならなかったものとみなす。
相続放棄の意思表示
相続放棄は、その相続について初めから相続人ではなかったことにするという意思表示です。相続放棄は、財産に関しての相手方のない単独行為であり、これをするには行為能力が備わっていなければなりません。
相続人の法定代理人が相続放棄を代理して行う場合は、利益相反にならないか注意が必要です。
例えば図の様な、夫が亡くなった場合には配偶者と子は同じ割合の相続分がありますが、配偶者が法定代理人として子の相続放棄を行うことが出来たら、配偶者の相続分が増えます。
このような利益相反となる場合にはその代理行為は認められませんので、特別代理人の選任が必要になります。
熟慮期間
- 相続人は、自己のために相続の開始があったことを知った時から3箇月以内に、相続について、単純若しくは限定の承認又は放棄をしなければならない。ただし、この期間は、利害関係人又は検察官の請求によって、家庭裁判所において伸長することができる。
- 相続人は、相続の承認又は放棄をする前に、相続財産の調査をすることができる。
相続人が選択するためには、一定の期間が与えられます。この期間は相続人が相続の開始を知った時から3か月で、この期間内に限定承認または相続放棄をしなかった場合、相続人は単純承認を選んだものと見なされます。
相続の開始があったことを知った時とは
「相続の開始を知った」と言うには、被相続人が死亡して相続が始まったことを知るだけではなく、自分がその相続人になったことを認識することも必要です。
相続財産がまったく存在しないと信じるにことついて相当の理由がある場合は、この熟慮期間は相続人が財産の存在を認識した時から始まります。
ただし、プラスの財産の存在は認識していたものの債務の存在は知らなかったという様な場合は例外とされています。
その他のポイント:
- 複数の相続人がいる場合、熟慮期間は各相続人ごとに進行する。
- 利害関係人や検察官の請求により、熟慮期間は裁判所で延長できる。
例えば相続財産が多く、熟慮期間内に財産調査を終わらせることが到底無理という場合に延長することが想定されます。 - 相続人が熟慮期間内に承認・放棄の選択をせずに死亡した場合、その人の相続人(再転相続人)が未選択だった相続について選択する地位を含めて相続します。その場合再転相続人には新たな熟慮期間が始まります。
選択の撤回・取消し・無効
選択の撤回
相続の承認及び放棄は、第915条第1項の期間内でも、撤回することができない。
一度行われた相続放棄・承認の意思表示は、たとえ熟慮期間が残っていたとしても、もはや撤回することができません。
選択の取消し・無効
- 前項の規定は、第一編(総則)及び前編(親族)の規定により相続の承認又は放棄の取消しをすることを妨げない。
- 前項の取消権は、追認をすることができる時から六箇月間行使しないときは、時効によって消滅する。相続の承認又は放棄の時から十年を経過したときも、同様とする。
相続の放棄・承認も意思表示であり、次の場合には、意思表示の瑕疵を理由とする無効・取消しの可能性があります。
- 制限行為能力者の行為である場合や、錯誤、詐欺、強迫を理由とする取消しは認められます。ただし、取消権の行使期間は追認出来るときからが6か月、相続の承認又は放棄の時から10年と短縮されています。
- 相続放棄・承認の意思表示に無効原因があれば、無効主張が許されます。無効原因としては、方式違反の相続放棄、熟慮期間経過後の意思表示、無権代理人による意思表示などが挙げられます。
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