売主の意思能力が相当程度低かったとして買主の売買契約と仲介業者の媒介契約が無効と判断された事例です。
事案の概要
当事者の主張
宅建業者買主の主張
売主は、媒介業者を経由して手付金を受領し、売買契約書に署名押印したので、契約は成立している
媒介業者の主張
売主は自らの意思で媒介契約書に署名押印し、売買契約の際は、受け取った手付金の50万円を媒介報酬に充てるように申し出た。このことから契約は成立しているし、報酬の残額も請求する権利がある。
売主の主張
宅建業者買主、媒介業者とそれぞれ売買契約、媒介契約を結んでいる事実はなく、手付金も受け取っていない。媒介契約書の署名は媒介業者によるものである。
売主は契約同年の9月時点で高度のアルツハイマー型認知症に罹患していた事実があり、売買契約当時に意思能力がなかったというべきであり、その状態で結ばれた売買契約、媒介契約は無効である。
裁判所の判断
本件媒介契約の成否
本件媒介契約書の売主署名部分は、媒介業者による記載が認められる。媒介業者は、媒介業者が売主署名部分を記載した理由について、売主と話をする中で、売主の面前で売主の代わりに署名した旨等の供述をするが、この供述をもって、売主が媒介業者に自己に代わって署名を行うことを依頼ないし承諾したとは認められない。また、媒介業者は、本件媒介契約書の「売主」押印は売主がした旨を主張するが、その印影を他契約関係書類の印影と対照すると一部が異なり、また、他に証拠がないことから、本件媒介契約が成立したと認めることはできない。
本件売買契約の成否
本件売買契約は、本件媒介契約を前提に媒介業者が関与している。本件媒介契約の成立は、上記のとおり認められないことから、本件売買契約成立についても慎重に判断すべきところ、本件売買契約書の署名は売主によるものであり、本件売買契約は真正に成立したものと一応推定される(民事訴訟法228条4項)。しかし、本件売買契約は、自宅を解体し、その敷地を売却するという生活基盤に関わる重要な契約であるが、
- 媒介契約書記載の金額4070万円に対し、売買代金が3330万円と2割近く減額され、売主がこの減額について比較的短期間に応じたのは不自然であること
- 売主が建物を解体して本件土地を引き渡すという売主において重要な事項が本件売買契約書にないこと
- 平成29年9月当時、高度のアルツハイマー型認知症に罹患していた売主は、平成29年3月の本件売買契約締結時、自己の財産を管理処分する能力は相当程度低かったと推認されること
- 本件売買契約書には収入印紙の貼付がなく、また、残代金支払日等の記載不備が目立つこと
これらのことから、売主が署名する際に、本件売買契約の内容や署名することの意味を十分に確認した上で署名したものと認めることはできない。
以上によれば、本件売買契約書の署名を売主がしたとしても、売主が、真に本件売買契約書記載のとおりに本件売買契約を締結する意思で署名したものと認めることはできず、上記の真正に成立の推定は覆される。したがって、宅建業買主と売主との間で、本件売買契約が成立したと認めることはできない。
不当利得返還請求の可否
上記のとおり、本件売買契約の成立は認められないことから、その成立を前提とする手付契約の成立を認めることはできない。なお、宅建業買主は、売主に50万円を交付した証拠として、それを原資に売主から媒介報酬49万円の支払いを受けたとする媒介業者作成の領収証控えを提出するが、宅建業買主が売主に50万円を交付したとする領収証等の提出はなく、上記領収証控えも、媒介業者が売主から支払いを受けたとする日と異なる日付で作成されており、50万円が原資となったことを裏付けるに足りるものとはいえない。
まとめ
売主の意思能力は売買契約を締結するに足りるものではなかったとして、売買契約、媒介契約の成立は認められませんでした。この契約は、自宅を解体したうえで敷地を引き渡すという重大な契約にもかかわらず、契約内容に不備が多く、不自然な取引であったようです。
意思能力の有無は、取引を将来的に無効にしてしまう可能性がありますので、宅建業者側も注意を払うべきですが、認知症は日によって症状に差があり、短時間の面談では判断が難しい場合があります。
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