東京都内や多摩地域においても、異常気象による大雪が降ることがあります。八王子市でも、屋根からの落雪が通行人や隣地の安全に影響を及ぼす懸念が存在しています。
では、もし「隣の家の屋根から雪が落ちてきて危ない」と感じたとき、建物所有者に対して法的に「屋根の改築」や「融雪設備の管理」を求めることができるのでしょうか?
今回ご紹介する裁判例は、その点について明確な判断を示したものです。
事案の概要
登場人物と物件の位置関係
- 原告X:旗竿地の通路部分に接している土地(X土地)を所有し、そこに居住
- 被告Y1:隣地(Y土地)の元所有者、建物を建築して居住
- 被告Y2:Y土地と建物を後に購入した法人
Y1は、東京都a区にあるY土地を取得後、自宅を新築。Xの土地は旗竿地で、通路部分がY建物の屋根と接していました。
2014年2月、東京都心で大雪が降り、Xは通路部分に隣地屋根から雪が落ちる様子を目撃。「危険だ」と感じたXは、Y1に対して屋根の改修や融雪設備の維持義務などを覚書の形で求めましたが、Y1は署名せず。結局、Y1は電熱線による融雪設備を設置することで一旦は収束しました。
その後、Y1は物件をY2に売却。Xは引き続きY2に覚書の締結を求めましたが叶わず、最終的にY1とY2に対して、
- 屋根の改築(落雪しない構造への変更)
- 融雪設備の維持管理義務の確認
- 前所有者としての覚書承継の債務不履行に基づく損害賠償請求
を訴訟で求めました。
裁判所の判断
落雪の「妨害」や「そのおそれ」があるか?
裁判所は次のように判断しました。
所有権に基づく妨害排除請求権又は妨害予防請求権が認められるためには、所有者がその所有を妨害されたこと又は妨害されるおそれがあることを要し、その所有を妨害されるおそれがあるというためには、単なる観念的な可能性では足りず、高度の蓋然性があることを要するものと解するのが相当である。
Xの主張は、本件通路部分を利用するXやその家族の生命身体に危険が生ずるというものだが、証拠上、現に妨害の事実があったとは認められない。
たしかに、Y建物屋根の形状からして、そこに相当量の堆雪が生じ、その堆雪が本件通路部分に落下した場合には、Xやその家族の生命身体に危険が生ずるおそれはあると言える。
しかしながら、東京都a区は豪雪地帯対策特別措置法上の豪雪地帯の指定を受けておらず、過去約50年の積雪の記録からしても、係る落雪事故が発生する可能性は高いとは言えない。
さらに、融雪設備が設置され、その性能が不十分であるとも、その維持管理が不十分であるとも認められないことからすれば、妨害予防請求を認めるに足るほどの高度の蓋然性があるとは言えない。
東京地裁令和4年3月29日判決
妨害排除・予防請求が認められるためには、「高度の蓋然性(=かなりの確率)」が必要である。
今回のように数年に1回程度の大雪がある程度では、「現実的な危険」とは言いがたい。
東京都a区は豪雪地帯ではなく、都内で屋根からの落雪による重大事故がこの数年間発生していないことから、「危険がある」とまでは認められないとされました。
また、Y1が設置した融雪設備についても、性能や維持状況に特段の問題は見当たらず、これ以上の対策を強制すべき状況にはないと判断されました。
覚書の合意は成立していたか?
Xは、Y1が本覚書の内容について、口頭で合意した旨を主張する。しかしながら、Y1はこれを否定し、さらにY1は、Xから受領した本覚書を署名押印せずにXに返却したことが認められる。そうすると、本覚書はY1が重い義務を負う内容であることからしても、Y1がその内容に合意していたと認めることはできない。また、XとY1の間での合意の成立が認められない以上、Y1に対してその承継やY2にその内容に基づく義務の確認を求めることについては理由がない。
東京地裁令和4年3月29日判決
Xは「口頭でY1と覚書の内容に合意した」と主張しましたが、
- Y1が書面に署名・押印せず返却していた
- 重い義務を課す内容である以上、明確な合意が必要
とされ、合意は成立していないと判断されました。
したがって、Y2に対しても、義務の承継を前提とする請求は認められませんでした。
実務への示唆
この裁判例から読み取れる実務的なポイントは以下のとおりです。
「危険があるかどうか」は現実的な確率(蓋然性)で判断される
仮に物理的には雪が落ちる構造であっても、「実際にそれで事故が起こる可能性がどの程度あるのか」が重視されます。都市部では、たとえ雪が降っても年に数回レベルであれば、屋根からの落雪を理由に相手に改修や維持義務を強く求めることは、法的には認められにくいと言えます。
反面、豪雪地帯に指定されている地域では、屋根からの落雪で建物所有者に責任を認めたケースや、防雪柵設置の請求が認められたケースがあります。
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