連絡不能の賃借人の動産を処分した賃貸人の責任

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宅建業者として管理業務に携わる中で、連絡の取れなくなった賃借人の部屋に動産が残置されている場面に直面することは、決して稀ではありません。特に、逮捕・収監などにより物理的に賃借人が不在となる場合には、物件の管理・収益性確保の観点から、残置物の早期処理を望む気持ちも理解できます。

しかしながら、拙速な処分は不法行為に該当し、損害賠償責任を問われるリスクがあることを、この判例は改めて示しています。

事案の概要

本件では、賃借人Xが逮捕され拘留されたことを受け、賃貸人Y(管理者でもある)が緊急連絡先とされていたXの実母Aと連絡を取り、残置動産について処分の同意を得たと認識して処分を実行しました。

Yは後日、Xに対して生活用品を買いそろえるための10万円及び保管していたノートパソコンを返還しましたが、Xはこれに納得せず、「承諾なく動産を処分された」として、動産の価額及び慰謝料等の支払いを求めて損害賠償請求訴訟を提起しました。

裁判所の判断

動産処分の違法性

XがAに対して、緊急時の事務処理を委任していた事実や、本件居室の賃貸人であったYの亡父やYに対して、緊急時にはAに連絡してほしいとか、Aの指示にしたがってほしい旨を述べた事実を認めるに足る証拠はなく、AがXの保証人を名乗り、AからYに対して本件動産の処分が依頼されていたとしても、このことをもって本件動産処分についてXによる承諾があったと認めることはできない。また、Yが本件動産を処分した平成29年4月10頃において、Xが本件居室の賃借人であったことに争いはなく、Yが本件動産を処分したことが、Xの事務管理に当たるということもできない。

したがって、Yの主張は採用することができず、Yは、Xの承諾を得ないまま本件動産を処分したことについて、少なくとも過失があったいえるから、Xに対し、不法行為による損害賠償責任を負うことを免れない。

東京地裁令和2年2月18日判決

裁判所は、賃借人本人の明確な同意または事務管理に該当する事情がない限り、賃貸人が動産を処分することは違法であると判断しました。

本件では、実母Aの「承諾」や「保証人を自称する手紙」が存在したものの、それだけでは賃借人本人の承諾があったとは認められないとされました。すなわち、「緊急連絡先」や「家族の意向」は、動産処分の法的正当化には直結しないということです。

損害賠償の内容

Yが本件居室内の本件動産を全て処分したことにより、Xは、本件居室内で逮捕・拘留される以前の生活を直ちに続けることができなくなったものと認められ、従来通りの生活の再建のためには各種の生活用品をそろえるなどの一定の時間や手数がかかることはごく自然であるといえるから、個々の動産が滅失・損傷した場合とは異なり、本件動産一式を失ったことによってXに一定の精神的苦痛が生じたものといえる。ただし、Yは帰宅したXに対して直ちに10万円を交付していること、本件動産処分に関して、実母であるAに対処方針を相談して、同人の承諾を得ていること、Xが逮捕されてから本件動産の処分まで2か月程度の期間を空けていることがそれぞれ認められ、各事情を総合すると、Xの被った精神的損害を慰謝するに相当な額は、30万円が相当である。よって、Yは、Xに対し、不法行為に基づき、慰謝料30万円を支払う義務を負うというべきである。

東京地裁令和2年2月18日判決

動産そのものに関する損害は、賃貸人が支払った10万円で概ね填補されたとされましたが、慰謝料として30万円の支払いが命じられました。理由としては、生活再建の妨げとなったことに加え、精神的苦痛が生じたことを認定しています。

実務への示唆

自力救済のリスク

本件は典型的な「自力救済」に該当し、仮に事情が緊急であっても、正当な法的手続きを踏まずに動産を処分すれば、後に損害賠償責任が問われ得ることを示しています。

宅建業者として管理を委託されている場合、オーナーの要望に応じて処分を手配したくなる場面もあるかもしれません。しかし、賃借人が契約上の権利を有する以上、安易な処分は危険です。

「緊急連絡先」の限界

緊急連絡先の家族等が承諾したとしても、それが賃借人本人の法的意思表示と同等に評価されるわけではありません。保証人や親族から「退去する」「処分してよい」と言われたとしても、それに基づいて処分を行えば、不法行為となる可能性があります。

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