宗教法人の不動産売却に潜むリスクとは

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裁判所は、宗教法人が所有する不動産を適切な手続きを経ずに売却した事案において、媒介を行った宅建業者の損害賠償責任を一部認める判決を下しました。

本稿では、本判決を紹介しつつ、宗教法人の不動産取引に際して宅建業者が注意すべき法的義務とリスク管理の要点について解説します。

事案の概要

本件は、A宗に属する宗教法人Xの住職で代表者であった(Y1)とその妻(Y2)が、法人名義の土地2筆を宗教法人法および内部規則で定められた手続きを経ずに売却し、売却代金の一部を着服していたというものです。

Y1・Y2は、媒介業者Y3に対し土地売却の媒介を依頼し、それぞれ4,400万円と1億7,000万円で売買契約を締結しました。契約書には、「本契約は、A宗代表役員から売却の同意を得ることを停止条件とする。」という特約条項が付されていました。

ところが、A宗に提出された承認申請書類には重大な不備があり、返却・却下されたにもかかわらず、Y2は議事録等を改ざん。媒介業者もこの改ざんに関与していた事実が認定されました。

その後の税務調査により売却代金の私的流用が発覚し、宗教法人Xは8700万円超の税金を納付。その損害回復のため、元代表者夫妻および媒介業者に対し、総額2億1400万円の損害賠償請求訴訟を提起するに至ったのです。

裁判所の判断

裁判所は、元住職夫妻による着服について「明白な横領」と判断した上で、媒介業者Y3に対しても以下のような義務違反を認定しました。

媒介業者に課せられた注意義務

本件各売買契約上、A宗代表役員の承認が停止条件とされており、本件各売買が宗教法人であるXの財産処分である以上、Xの媒介業者であるY3は、上記停止条件の成否はもとより、公告や責任役員会の議決の有無についても確認する義務があったと解される。

Y3は、本件土地の所有者はXではなくY1個人であると聞かされていたため、宗教法人法等の手続は不要と考えていたと主張するが、本件土地の所有者がいずれもXであることは全部事項証明書から明らかであり、本件各売買契約が売主をXとして締結されていることは、Y3が媒介業者として押印した本件各売買契約書から明らかであって、Y3が本件土地の所有者を誤信していたとは考えられない。また、本件各売買の売買契約書には、A宗代表役員の承認を条件とする旨が明記されていることなどからすると、Y3が本件土地の売却のために宗教法人法等の手続が必要であることを知らなかったとは考えられない。

Y3は、媒介業者として、本件土地売却の打合せに出席し、本件工事申請書及び本件議事録を作成し、A宗からの不備返却後、これにY2が追記した際にも同席していることからすると、上記記載及び追記の際、本件各売買がA宗代表役員の承認や責任役員会の議決を経ていないにもかかわらずこれらの手続が執られているかのような形式が整えられたことを認識していたと認められる。

したがって、Y3は、Xの媒介業者として、宗教法人法及び本件規則に定める手続を経ていない本件土地売却の仲介行為をしてはならない義務を負っていたにもかかわらず、上記義務に違反したと認められる。

名古屋地裁 令和3年3月30日判決

  1. 売買契約の特約で宗教法人上部組織の承認が明記されていた
  2. 土地登記簿から所有者が宗教法人Xであることは明白
  3. 申請書や議事録への不自然な追記に立ち会っていた

Y1・Y2の着服横領は本件売買後の事情であり、宗教法人等の手続を経ない財産処分であれば、通常、宗教法人の代表者らによる着服横領が行われることを予見できたとまではいえず、特別損害といわざるを得ない。

したがって、Y3の債務不履行又は不法行為とY1・Y2の着服横領による損害との間に相当因果関係があるとは認められない。しかし、Xが本件各売買につき支払った仲介手数料、建物解体費、測量費、印紙代、司法書士手数料の合計1022万円余については、Y3の債務不履行又は不法行為と因果関係のあるXの損害といえ、Y3は、Y1・Y2と連帯して損害賠償義務を負う。

名古屋地裁 令和3年3月30日判決

これらの事実を踏まえ、裁判所は「宗教法人法および内部規則に基づく手続を確認する義務があったにもかかわらず、これを怠った」として、媒介業者Y3に債務不履行責任を認定
ただし、着服という事後的行為との間には直接的な因果関係がないとして、媒介業者に認められた損害賠償額は、仲介手数料・測量費・司法書士報酬など実費分の約1022万円にとどまりました。

宗教法人との取引における宅建業者の注意点

宗教法人が不動産を処分する際には、宗教法人法第19条・第23条の手続の他、内部規則に基づく承認(上部団体の承認など)が必要です。

宗教法人法第19条(事務の決定)

規則に別段の定がなければ、宗教法人の事務は、責任役員の定数の過半数で決し、その責任役員の議決権は、各々平等とする。

宗教法人法第23条1項1号(財産処分等の公告)※但し書き省略

宗教法人は、左に掲げる行為をしようとするときは、規則で定めるところ(規則に別段の定がないときは、第19条の規定)による外、その行為の少くとも一月前に、信者その他の利害関係人に対し、その行為の要旨を示してその旨を公告しなければならない。
一 不動産又は財産目録に掲げる宝物を処分し、又は担保に供すること。

宅建業者が宗教法人と取引する際は、これらの手続がなされているかを単なる聞き取りではなく、必ず書面で確認する必要があります。特に次のような点を見落とさないよう、細心の注意が求められます。

  • 売主名義と登記簿記載名義の一致
  • 取引に必要な内部決裁書類(議事録・公告等)の現物確認
  • 契約書に記載された特約条項と実際の手続の整合性

また、「宗教法人名義の不動産の処分には特別な手続が必要」という基本的知識がないままに取引を進めることは、媒介業者としての善管注意義務違反とされ得る点にも留意が必要です。

まとめ

宗教法人の不動産取引は、一般の法人とは異なる特別法(宗教法人法)によって制限が課されています。

媒介業者としては、「この法人は宗教法人なのか?」「特別な手続が必要なのか?」という視点を常に持ち、安易に手続きを進めることのリスクを十分に認識する必要があります。

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