賃貸住宅や共同住宅の建築において、隣地との視線問題やプライバシー配慮は、近隣トラブルの火種となり得る重要な検討事項です。特に、民法第235条第1項が規定する「境界線から1m未満の距離において他人の宅地を見通すことのできる窓又は縁側(ベランダを含む)」への目隠しの設置義務に関しては、宅建業者として設計・建築段階から十分に留意する必要があります。
境界線から1メートル未満の距離において他人の宅地を見通すことのできる窓又は縁側(ベランダを含む。次項において同じ。)を設ける者は、目隠しを付けなければならない。
本記事では、賃貸住宅の共用廊下に関し、隣地住民からの目隠し設置請求および慰謝料請求が裁判所によりすべて棄却された裁判例を取り上げ、民法235条の適用範囲や、宅建業者として注意すべき点を解説します。
事案の概要
本件は、不動産売買および建築請負に携わる会社(Y1)が、所有する土地を不動産賃貸業を行う会社(Y2)に売却し、同社から請け負った賃貸住宅の建築を行ったところ、隣地に居住する原告(Xら)から以下のような請求を受けたものです。
- Y1とは目隠し設置の合意があったとして、その履行を求める。
- 賃貸住宅の1・2階廊下は民法235条1項にいう「縁側」に該当するとして、Y2に対し目隠し設置義務がある。
- プライバシー侵害を理由に、Y1およびY2に対し慰謝料100万円を請求する。
これらの主張が裁判所でどのように判断されたのか、以下に詳述します。
裁判所の判断
目隠し設置に関する合意の成否
Y1が、Xらに、平成30年10月11日付けで交付した本件文書には、設置する目隠しの内容については記載されておらず、平成31年1月の目隠し設置等についての協議後も、Xらは、同年2月9日付文書により、Y1に目隠しの内容や設置位置等の要望と、書面による返事がない場合は裁判所で解決を図る旨を記載等していることから、Y1との間で本件各廊下に設置する目隠しの具体的な内容の合意に至ったと認めることはできない。
そうすると、本件文書により、X1とY1との間に、目隠しの設置に関する合意が成立したということはできない。に対しY2は、購入申込書の作成は、Y3の代表者個人で相談したもの、Xから価格や媒介報酬等の説明等を受けていないと主張するが、上記申込書はY2名義であり、Y2の代表者個人で相談したものではないため、Y2の主張はいずれも失当である。
東京地裁令和2年2月7日判決
原告は、Y1から交付された文書に「目隠しをつけることにしています」との記載があることをもって設置義務の合意があったと主張しましたが、裁判所はこの点を否定しました。文書には目隠しの具体的な仕様や設置場所が明記されておらず、その後のやり取りでも当事者間で目隠しの内容について明確な合意に至っていないことから、設置義務を認めることはできないと判断しました。
民法235条1項の適用の可否
民法235条1項において、目隠しの設置の対象が窓又は縁側(ベランダを含む)とされた趣旨は、これらのものが独立した単位の居住空間と外部との接点であり、居住の一環として隣接地を眺める居住者の視線が恒常的なものであるため、そのような視線から目隠しをもって保護することとしたものであると解されるところ、本件各廊下は、各居室の外部にあり、各居室の居住空間とは独立した通路であって、各居室を通過することなく外部から出入りすることが可能であるから、仮に本件各廊下からXら土地・建物を見通すことができたとしても、独立した居住空間における居住の一環として恒常的に見通されることとはならない。
そうすると、本件各廊下は、民法235条1項にいう縁側には当たらないというべきであり、したがって、Y2は、Xらに対し、民法235条1項に基づき、本件各廊下にそれぞれ目隠しを設置する義務を負わない。
東京地裁令和2年2月7日判決
共用廊下が民法235条1項の「縁側」に該当するかが争点となりました。裁判所は、「縁側」とは独立した居住空間と外部の接点であり、居住者の視線が恒常的に及ぶ空間であることを前提としていると解釈し、共用廊下は居住空間とは独立した単なる通路に過ぎないため、これには該当しないとしました。
つまり、たとえ廊下から隣地が見えたとしても、それが恒常的な観望とまでは言えず、民法上の目隠し設置義務は発生しないと判断されたのです。
プライバシー侵害および慰謝料請求の可否
Xら建物とY2建物の間のXら土地上には樹木があるため、相互の間の観望が相当程度遮られていることや、Y2土地がXら土地よりも低く、Y2建物の各階がXら建物の各階より低い位置に設けられていることからすると、本件各廊下からXらの生活状況が明らかになる程度にXら土地や建物を見通すことができるものとは認め難い。また、前記のとおり、本件各廊下は各居室の居住空間から独立した通路であることから、Y2建物の居住者が恒常的にXらの土地や建物を見通すことができるとも認められない。
さらに、Y2建物の居住者が本件各廊下からXらの土地や建物をのぞき込む等したことがあったと認めるに足りる証拠はなく、実際にXらのプライバシーが侵害されたと認めることもできず、本件各廊下が設置されていることにより、Xらに受忍限度を超えた人格権の侵害が生じていると認めることはできない。
東京地裁令和2年2月7日判決
裁判所は、廊下からXらの敷地や建物が明確に見通される状態ではなく、また現実にプライバシーが侵害された事実も立証されていないことから、人格権侵害にも当たらないと判断し、慰謝料請求も棄却しました。
宅建業者としての留意点
本判例は、民法235条の適用にあたっての設備の性質、すなわちその空間が「居住の一部」とみなされるかどうかが重要な判断基準となることを明らかにしています。
宅建業者が注意すべきポイントは次のとおりです:
- 設計段階での目隠しの要否の検討
共用部分が隣地に接近する構造の場合、その用途が「居住空間に準ずるもの」かどうかを基準に、目隠しの設置が必要かどうかを慎重に検討すべきです。 - 近隣への説明文書の取り扱い
本件のように、「目隠しをつける予定です」といった表現を用いると、合意があったと誤解される恐れがあります。曖昧な記述を避け、説明は明確かつ限定的に行うことが望ましいです。 - プライバシーへの配慮と紛争予防
民法上の義務がない場合であっても、近隣との良好な関係を維持し、トラブルを未然に防ぐ観点から、目隠しや遮蔽措置の任意設置を検討することは重要です。
まとめ
本判例は、賃貸住宅の共用廊下が民法235条1項にいう「縁側」に該当せず、目隠し設置義務を負わないとの判断を示した点で、設計・施工・売買に携わる宅建業者にとって非常に参考になる事例です。
物件の設計段階から法令上の規制と、周辺住民への配慮とのバランスを踏まえた判断が求められます。民事トラブルを未然に防ぐためにも、契約書や説明資料における記載内容や、居住者および近隣住民とのコミュニケーションには細心の注意を払う必要があります。
近隣からの要望で安易に目隠しを設置することで、消防法に違反したり、容積緩和を受けられなくなり、その結果違法建築になることもあるので、注意が必要になってきます。
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