媒介契約の「条件成就妨害」と不法行為責任に関する裁判例
宅建業者として不動産取引に関与する際、媒介業務の報酬権をどこまで確保できるのかは、極めて実務的な関心事です。とくに、媒介契約書の締結前段階において、媒介業者が情報提供や案内等を行いながら、結果として契約締結の場面から排除されてしまうというケースは、現場でもしばしば見受けられます。
本記事では、媒介業者が排除された取引において、媒介契約の成立と「条件成就妨害」が認定され、報酬請求が一部認容された裁判例(東京地裁平成31年3月28日判決)をもとに、宅建業者として留意すべきポイントを整理します。
事案の概要:媒介業者の排除と第三者への売却
本件は、以下のような構図で発生しました。
- 売主Y1(宅建業者)は転売目的で取得した土地建物をレインズに登録。売出価格3680万円、媒介報酬「〈売主〉3%+6万円」と表示。
- 媒介業者X(宅建業者)は物件の広告掲載等を実施し、買主Y2(宅建業者)およびその関連会社Y3を案内。
- Y2は購入申込をX経由で行い、売主Y1もこれを確認した。
- 契約直前になってY2は「現金の用意ができない」としてキャンセル。
- 実際には、Y2は自らの関連会社Y3を通じて売主Y1と契約を締結(媒介はY2が実施)、報酬も受領。
- 結果としてXは、媒介報酬を得ることなく取引から排除された。
このような経緯を踏まえ、Xは、媒介契約に基づく報酬請求および不法行為に基づく損害賠償請求を提起しました。
裁判所の判断ポイント:媒介契約の成立と条件成就妨害
裁判所は、以下のような主要論点について判断を下しました。
買受媒介契約の成立
認定事実から判断すると、11月15日、X、Y2間に、本物件の売買契約成立を条件とする買受媒介契約が成立したと認められる。これに対しY2は、購入申込書の作成は、Y3の代表者個人で相談したもの、Xから価格や媒介報酬等の説明等を受けていないと主張するが、上記申込書はY2名義であり、Y2の代表者個人で相談したものではないため、Y2の主張はいずれも失当である。
東京地裁平成30年11月29日判決
XとY2の間には、申込書作成時点で本物件の売買契約成立を条件とする買受媒介契約が成立していたと認定されました。
- 購入申込書がY2名義で作成されていたこと
- Xが売主Y1との契約日調整や媒介報酬の説明等、媒介活動を具体的に行っていたこと
これにより、媒介契約は口頭合意と行動を通じて有効に成立したとされました。
条件成就妨害の認定
Y2は、一連の経緯を通じ、Y3の名義を利用して自ら本物件を購入したのと同じ効果を取得した一方、Xに対する媒介報酬の支払を免れたばかりか、Y1からは、免れたのとほぼ同額の媒介報酬を取得し、いわば二重の利益を得た。また、Y3の代表者は、Y2の取締役を兼務しており、両社は関連会社であること等から、密接な関連性があったといえる。以上の事情等によれば、Y2は、Y3がY1との間で本物件の売買契約を締結した時点で、X、Y2間の買受媒介契約の成就を妨害し、Y3はこれに加担したということができる。
東京地裁平成30年11月29日判決
Y2およびY3は、Xを排除しつつ、事実上同一の内容で売買契約を成立させており、Xとの媒介契約の「条件成就」を意図的に妨害したものとされました。
- Y2が購入意思を示しながら、虚偽の理由でキャンセル
- その直後に関連会社Y3が売買契約を締結
- Y2が売買を媒介して報酬を得ていた点
これらの行為は、媒介契約上の信義則に違反するものであり、Xに対する媒介報酬の取得妨害として不法行為責任を認めるに足るとされました。
売却媒介契約の成立
遅くともXがY1の代表取締役に電話で購入希望者がいることを伝えた11月15日の時点において、双方の間に、本物件の売買契約成立を停止条件とする売却媒介契約が成立したと認められる。
東京地裁平成30年11月29日判決
売主Y1との間でも、Xが購入希望者を紹介し、契約日の調整を申し出た時点(11月15日)において、停止条件付の売却媒介契約が成立していたと判断されました。
結論
以上を踏まえ、裁判所は以下のように結論付けました。
- Xの媒介により売主・買主との契約は成立していた
- 条件成就妨害により媒介業者が報酬を取得できなかった
- よって、媒介報酬相当額(122万1480円)の損害が認められる
宅建業者としての実務上の留意点
本判決は、媒介契約が書面によらずとも、一定の行為や意思表示により成立することを前提に、媒介業者の保護を認めたものとはいえ、以下の点は実務上、特に注意が必要です。
- 媒介契約の成立時点で、速やかに書面を交付すること(宅建業法第34条の2)
- 媒介報酬の説明および費用見積りを明示すること
- 媒介業務の記録を可能な限り残すこと(メール、履歴書、交渉記録など)
- 媒介業務の過程で得た情報を第三者と共有する際は、慎重な取り扱いを行うこと
本事案は、宅建業者間の信義則や媒介契約の履行過程における誠実義務を考える上で、示唆に富む事例です。
媒介業者としては、契約成立の有無のみならず、その過程で関与した業務が正当に評価されるよう、書面の整備と証拠化を徹底し、トラブル発生時にも自らの正当性を主張できる体制を整えておくことが肝要です。
不動産に関するご相談、業務のご依頼のご相談はお問合わせください。