抵当権に基づく妨害排除請求権

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抵当権は占有を伴わない権利であり、抵当権が設定された不動産であっても所有者が自由に使用できる使用価値というものがあります。この使用価値には、第三者に使用させて収益を得る権利も含まれます。

このような抵当権で、対象不動産の占有者に対して排除を求めることは出来るのでしょうか。

妨害排除請求権

妨害排除請求権は、物に対する権限の行使を妨げている第三者がいる場合に、物に対する権利を根拠として妨害の排除を求める権利を言います。物に対する権限は、①使用する権利、②利用させて収益を得る権利、③処分する権利があり、抵当権は③の処分に係る交換価値について権利が生じます。

第三者が占有しているだけなら①②の権利の範疇であるので、抵当権者が口をはさむことではありませんが、抵当権に基づいて妨害排除請求権を行使するためにどのような理由があるのでしょうか。

最高裁判決平成17年3月10日

事案の概要

建築会社Aは、平成元年9月5日、株式会社Bとの間で、株式会社B所有の土地上に地下1階付9階建ホテル(以下「本件建物」という。)を請負代金17億9,014万円で建築する旨の請負契約を締結し、平成3年4月、本件建物を完成させたものの、株式会社Bが、請負代金の大部分を支払わなかったため、その引渡しを留保した。

株式会社Bは、平成4年4月ころ、Aとの間で、請負残代金が17億2,906万円余であることを確認し、これを同年5月から8月まで毎月末日限り500万円ずつ支払い、同年9月末日に残りの全額を支払うこと、Aの請負残代金債権を担保するため、本件建物及びその敷地につき、いずれもAを権利者として、抵当権(以下「本件抵当権」という。)及び本件建物及びその敷地の交換価値の確保を目的とする停止条件付賃借権(以下「本件停止条件付賃借権」という。)を設定すること、本件建物を他に賃貸する場合にはAの承諾を得ることを合意した(以下「本件合意」という。)。

株式会社Bは、同年5月8日、本件抵当権設定登記と本件停止条件付賃借権設定登記を了し、Aは、株式会社Bに対し、本件建物を引き渡した。

ところが、株式会社Bは、本件合意に違反し上記分割金の弁済を一切行わず、しかも、平成4年12月18日、Aの承諾を得ずに、株式会社C商事に対し、賃料月額500万円、期間5年、敷金5,000万円の約定で本件建物を賃貸して引き渡した(以下「本件賃貸借契約」という。)。その後、平成5年3月に敷金を1億円に増額し、同年5月に賃料を100万円に減額するとの合意がそれぞれされた。

株式会社C商事は、Aの承諾を得ずに株式会社Dに対し、賃料月額100万円、期間5年、保証金1億円の約定で本件建物を転貸(以下「本件転貸借契約」という。)して引き渡した。不動産鑑定士の意見書によれば、本件転貸借契約の賃料額は,適正な額を大幅に下回るものであった。

株式会社Dと株式会社C商事の代表取締役は同一人であり、株式会社Bの代表取締役は、平成6年から平成8年にかけて株式会社Dの取締役の地位にあった者である。なお株式会社Bは平成8年8月に事実上倒産した。

Aは、平成10年7月、本件建物及びその敷地につき、本件抵当権の実行としての競売を申し立てた。

下級審での判決

Aは、株式会社Dに対し、第1審において、株式会社Dによる本件建物の占有により本件停止条件付賃借権が侵害されたことを理由に、賃借権に基づく妨害排除請求として、本件建物を明け渡すこと及び賃借権侵害による不法行為に基づき賃料相当損害金を支払うことを請求したところ、第1審はこの請求をいずれも棄却した。これに対し、Aが、株式会社Dによる本件建物の占有により本件抵当権が侵害されたことを理由に、抵当権に基づく妨害排除請求として、本件建物を明け渡すこと及び抵当権侵害による不法行為に基づき賃料相当損害金を支払うことを追加して請求したところ、高裁はこの追加請求をいずれも認容した。

株式会社Dは判決を不服とし最高裁に上告しました。

最高裁判決の要旨

所有者以外の第三者が抵当不動産を不法占有することにより、抵当不動産の交換価値の実現が妨げられ、抵当権者の優先弁済権の行使が困難となるような状態にあるときは、抵当権者は、占有者に対し、抵当権に基づく妨害排除請求として、上記状態の排除を求めることができる。そして、抵当権設定登記後に抵当不動産の所有者から占有権限の設定を受けてこれを占有する者についても、その占有権限の設定に競売手続を妨害する目的が認められ、その占有により抵当不動産の交換価値の実現が妨げられ優先弁済請求権の行使が困難になるような状態があるときは、抵当権者は、抵当権に基づく妨害排除請求権として、上記状態の排除を求めることができる。また、抵当権に基づく妨害排除請求権の行使に当たり、抵当不動産を適切に維持管理することが期待できない場合には、抵当権者は、占有者に対し、直接自己への抵当不動産の明渡しを求めることができる。

本件抵当権設定登記後に締結された本件賃貸借契約、本件転貸借契約のいずれについても、本件抵当権の実行としての競売手続を妨害する目的が認められ、しかも、株式会社Dの占有により本件建物及びその敷地の交換価値の実現が妨げられ、Aの優先弁済請求権の行使が困難となるような状態があるということができる。株式会社Bは、本件合意に違反し、本件建物に長期の賃借権を設定したものであり、また、株式会社Bの代表取締役は、株式会社Dの関係者であり、株式会社Bが本件抵当権に対する侵害が生じないように本件建物を適切に維持管理することを期待することはできない。Aは、株式会社Dに対し、抵当権に基づく妨害排除請求として、直接自己への本件建物の明渡しを求めることができるものというべきであり、Aの本件建物の明渡請求を認容した原審の判断は、結論において是認することができる。

以上のように判示し株式会社Dの上告を棄却しました。

妨害排除請求権が認められる要件

抵当権に基づく妨害排除請求権を行使するために最高裁は3つの要件を示しています。

  1. 抵当権の実行としての競売手続を妨害する目的が認められるとき
  2. 抵当権に対する侵害が生じないように抵当不動産を適切に維持管理することを期待することはできないとき
  3. 抵当不動産の交換価値の実現が妨げられ、抵当権者の優先弁済請求権の行使が困難となるような状態があるとき
所有者から占有権原の設定を受けて抵当不動産を占有する者に対して抵当権に基づく妨害排除請求をすることができる場合

抵当不動産の所有者から占有権原の設定を受けてこれを占有する者であっても、抵当権設定登記後に占有権原の設定を受けたものであり、その設定に抵当権の実行としての競売手続を妨害する目的が認められ,その占有により抵当不動産の交換価値の実現が妨げられて抵当権者の優先弁済請求権の行使が困難となるような状態があるときは、抵当権者は、当該占有者に対し、抵当権に基づく妨害排除請求として、上記状態の排除を求めることができる。(要件1,3)

抵当権に基づく妨害排除請求権の行使に当たり抵当権者が直接自己への抵当不動産の明渡しを請求することができる場合

抵当不動産の占有者に対する抵当権に基づく妨害排除請求権の行使に当たり、抵当不動産の所有者において抵当権に対する侵害が生じないように抵当不動産を適切に維持管理することが期待できない場合には、抵当権者は、当該占有者に対し、直接自己への抵当不動産の明渡しを求めることができる。(要件1,2,に加えて3が必要)

第三者による抵当不動産の占有と抵当権者についての賃料額相当の損害の発生の有無

抵当権者は、抵当不動産に対する第三者の占有により賃料額相当の損害を被るものではない。(抵当権は交換価値に着目する権利であり、使用収益について権限を持たない)